小学校高学年のころ「これはいじめの萌芽かしら?」と
早めの対処を試みた教員がいたんだった。
そうそう、呼び出しくらって詰問されたんでした。
私をいじめた廉で。
私の親友(当時)が。
登場人物
教員(クラス担任):
コドモゴコロがわかっていないと(生徒の間で)評判のベテラン。
でも生徒や教育に対する熱意も好意もある人だったと思う。
ヒギリ(推定被害者):
真面目で大人しくて引っ込み思案で気弱だけど良い子。(教員曰く)
実際はオトナが苦手で緊張しいのため慣れない大人(親以外)の
前では喋れなくなるものの、友人の前ではよく喋る。
腕力は確かにない(インドアだから)がケンカの売買はする。
友人(推定加害者):
活発で物怖じしない=悪くすると乱暴者に見える。
口より先に手が出る(まだ子供でうまく言語化できないから)
しかも腕力があるのでけっこう痛い。
裏表なく正義感も強いのでキツイことも言う。
とても素直で子供らしいゆえに子供社会からやや浮いていた。
でもって私は当時すでにサボり魔(教員的には登校拒否予備軍)だったわけです。
でもって私は声も身長も小さかったわけです。
でもって私は(教員の前では)オドオドした態度でよけい貧弱にみえたわけです。
…貧弱だから当然のように凶器を用いたり、
達者な口を武器に卑怯な振る舞いをできる子だったわけですが…。
一方友人は裏表なく素直に感情を出すし声はでかいし
堂々としている分大きく見えるし強い力でドーンと叩くし
叩かれりゃあ貧弱な私はよろけるし痛がるし嫌がるし
というわけで、教員はこれはいじめ?と判断したらしいです。
ヒギリさんをいじめないように、と説教食らったといって
友人は悔し泣きをしていました。
かわいそうに…
ん?近づかないようにとも言われたんだっけな?
数少ない友人になんてことを!
とりあえず腹が立ったことは覚えています。
でもわざわざ反論に行く勇気は出ずというか反論していいなんて思いつきもせず。
そこ(子供社会)にいない教員に子供同士の関係なんてわかんないんだから
せめてわかんないんだって自覚くらいしとけよと私は思うのです。
ああちくしょう。思い出したら腹立ってきた。
反論する技術がないってすごく損だったんだな。
子供とか言語が得意じゃない人とか
そういう人を相手にする人はそのことを常に自覚しなきゃいけないと思う。
でも、それは先生にいえない心の葛藤があるわけで、それを生徒は知識的にまだ足りないから、訴えることができない。だから、そこを教職員のほうが知っていなくては、生徒はどこにも逃げ場がないし、助けてもらえる術もないんです
藤井誠二 『学校の先生には視えないこと』 ジャパンマシニスト
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