2015年08月27日

図書館はみんなの逃げ場 鎌倉市図書館のツイート

鎌倉市の図書館が新学期を前に子供へ向けたメッセージをツイートして話題になっているらしい。



もうずいぶん遠くなってしまったけれど、自分が不登校だった当時、それから外に出たあと、図書館はつねに私を黙って受け入れてくれる場所だった。
お金もないし、しゃべれないし、自分がいていいと思えない子供にとって、なにもいわずに受け入れてくれる図書館はまさに逃げ場だった。
他の場所にいられるようになっても、図書館が開いていれば大丈夫だと思えたし、長期休館の時期は不安になった。
(その状態を脱したのはごく最近だ)
こういうのはみんな、私が勝手に依存して、勝手に救われてるんだと思ってた。

鎌倉市図書館のメッセージを読んで、ああ、私は本当にそこにいてよかったんだって思った。
黙認されてたんじゃなくて、受け入れられてたんだ。
あの頃の自分を受けとめてもらえたみたいで、今なんか泣きそうになってる。


鎌倉の人、ありがとう。
あのころ私をいさせてくれた図書館の人、ありがとう。
図書館を支えている人たち、ありがとう。

今つらい子たち、図書館を信じていいよ。
感じ悪い人がいたとしても、その人がたまたま不心得だっただけで、図書館はだれも拒まないよ。
私は学校ってものには行っておいたほうがいい(そのほうが絶対あとが楽)と思ってるけど、命と天秤にかけるほど重要なものじゃない。

今つらい子たちに、このメッセージがとどきますように。
posted by ヒギリ at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出―不登校・ひきこもり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月09日

止まってたって明日は来るし

ひさしぶりにお気に入りを整理したら、
しばらく見ていなかった創作サイトさんが閉鎖されていました。

そのうち紹介しようと思っていたのだけれど、
「創作サイトのみリンクフリー」って創作サイト以外はリンクするなってことか?
それとも創作サイト以外は要相談ってことなのか?

とか考えているうちにすっかり機を逃してしまいました。
ヘタレたオノレが恨めしい…

紹介したかったのは、
小学生たちが小さな冒険をするような話(うろ覚え)でした。
主要人物のひとりは、不登校で
「頭はいいけどキツくて変り者で孤高(だけど本当は人が怖くて孤立している)」
という女の子。

で、何かから逃げるとか追いかけるとか、
そんな感じでみんなで走っているときに、
その子に向かって別の子が
「なんでおまえ、学校きてないくせにそんなに足速いんだよ」
というシーンがあったんです。
(悪い意味ではなく脱帽のようなニュアンスで)

そこで彼女が返したのがこのセリフ。

「人生は休んでないの」

んで、思い出しました。


高校生くらいだったかな?
保育園から小・中・高と一緒だけど
知力・やる気・出席日数・金銭などおのおの足りてないやつらが
最短距離(町内)の公立校を選んだから進路がかぶっちゃっただけで
別に幼馴染っていうほどなじんでないんだぜ!
という微妙な距離の友達と3人で会ったときのこと。


私は中学三年間をひきこもって外にようやく慣れてきた
(というより慣れていないんだってことが理解できるようになってきた)頃。

友1(非社会的)は私と同じく中学不登校
(らしいけれど、どのくらい行ってなかったのか知らない)のあと
絶賛ひきこもり中。プラス精神疾患あり。

友2(反社会的)の中学状況は知らないけれど、高校はサボりがち。
人格障害のケがある感じ。


というのが当時の状況。

非社会的な友人は世間ずれしてなさすぎるとでもいいましょうか、
決してワガママではないのだけれど、言動が幼い印象です。
てかまあ、その人はあからさまに幼くて、
反社会的な友人は子供時代をすっとばして大人になりたがっていて、
私は幼稚さを取り繕うことに長けていたってだけで、
多分みんな年齢以上に幼稚だったのだけれど。

とにかく反社会的な……ってなんかもうややこしいな。
便宜的にヤンキーさん(反社会的)とコモリさん(非社会的)って名前にします。
外に出まくっているヤンキーさんからは
己の世界で生きているコモリさんが理解しがたいほどに幼く見えたらしく、
少々いらだっているようでした。

ちなみに私はバリバリ非社会系なので、
メンタル的にはコモリさんに共感しますが、
外面はヤンキーさんと同じくらい厚塗りしているので、
どちらの気持ちもわかるようなわからないようなコウモリ状態でした。

コモリさんが席をはずしたとき、ヤンキーさんに
「でもあいつは4年分ブランクがあるわけだろ」と言われました。

どういう流れだったのかはもう忘れましたが、
私が「コモリさんを子供扱いしすぎ」とかなんとか言ったんだと思います。
んで、それに対してヤンキーさんが
「だって人生経験が違うんだから仕方ない」のようなことを言ったんです。
中学3年間とそのあと1年のひきこもり期間を「ブランク」と表現して。


その言葉は私に対してではなく、
コモリさんを評しての言葉だったのだけれど、
私はすごく釈然としませんでした。
だけど否定もできなかった。
その時はまだ、そのモヤモヤを表現する言葉を見つけられなかったし、
ひきこもりを擁護していいとも思えなかったから。
私以外のひきこもりはどうだかしらないけれど、
少なくとも自己弁護はできなかった。




それからずいぶん時間が経って、
彼らと連絡を取らなくなってから冒頭の創作サイトさんに出会いました。
「人生は休んでないの」というセリフを読んで、
ああ、これだったんだと思いました。
こういうことを思っていたし、言いたかった。

人生経験なんて、みんな年齢の分しかないはずで、
10歳なら10年分、20歳なら20年分だけです。

中卒で働き始めてひとつの仕事を続けている30歳と、
大卒で色々なアルバイトを転々としている30歳と、
12歳から外に出てない30歳とでは
経験の中身が違うし、覚えていられる記憶の量も違います。
充実した時間は覚えていられるけれど、
眠ったりやり過ごしたりルーチンに忙殺されたりした時間は
記憶に残らないものだから。

それでも、その時間は「なかった」わけではないんです。
俗に言う経験豊富な、つまりさまざまな種類の経験をした30歳には、
ひとつの職場で15年間働き続けたり、
18年間ひきこもったりした経験はありません。
あったらそれ30歳じゃないし。

経験の質で言えば、ひきこもりは全然良くないです。
「ひきこもった経験があったから今の自分がある」なんていえるのは、
出た後でどうにかできた人だけです。
ひきこもりが役に立ったんじゃなくて、
その後でひきこもり経験を使いこなせただけの話です。
ひきこもり期間なんて役に立ちません。

でも、その時間は「あった」んです。
履歴書に書けることはなにもなくても、人生の空白ではないんです。



無駄だろうが無意味だろうが嫌だろうが損だろうが、
それは確かに存在した私の経験です。
人生は、休んでません。


このセリフを普通に書いてくれたのが嬉しかったなあ。

title:『Double Action Climax Form』
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2008年03月16日

卒業式は単なる儀式

なんかワサワサしてると思ったら卒業シーズンか。
なんかそんな感じの子をちらほら見かけた。

自分の卒業式は2回出た。
あ、保育園の卒園式も出たな。

小学校の卒業式をサボったら、事前と事後に呪いをかけられた。
どうでもよくない人と、どうでもいい奴から。
「一生後悔するよ」と「後悔してないの?」
させたいのかテメエら。

私は学校に行く(行ける)とすれば、何事もなかったかのように
まったく普通に「正常に」通い始めるのでなければ嫌だったから、
イベントや保健室はむしろ敷居が高かった。
ので、卒業式に関しては
「行きたいのに行けない」ではなく確実に行きたくなかった。
(まあ小学校のときは半分くらい行く気もあったんだけど)

でもそんなに後悔しろしろと言われるのなら、
やっぱり一生後悔しておかないといけないんだろうなと思った。
けど全然してないな。

呪いは多少効いているから、折に触れ思い出して嫌な気分になるものの
行かなかったこと自体には後悔する理由がないし。

「普通に」「学校に行く」ということに囚われていた私にとっては
「日常的な学校生活」こそが重要で、
それをスルーして行われる「卒業式」に意味はなかった。
まあその後の不安なんかはあるから
重要な(圧迫される)イベントではあったけれど。


修学旅行や卒業式など、きっかけがあったほうが行きやすいとか
行っておきたいという子はそのきっかけをつかめばいいし、
行けないなら行けないで別に行かなくていい。

私は学校自体にはできれば行ったほうがいい
(と言っても、死ぬくらいなら行かなくていい)けれど
イベントは別に行かなくてもいいと思っている。
特に卒業式なんて最終イベントだし。

最後だから行かなきゃいけないんじゃなくて、
もう終わるんだから出なくてもデメリットが少ない。


だからねえ、今、卒業の時期を迎えている不登校の子らよ、
卒業式に出られなくても出なくても、気にしなくて大丈夫。
後悔なんてしたければすればいいし、しなくても問題ないから。
全然大したことじゃないよ。
ココを見てる現役の子がどれだけいるかわからないけど。


親御さんたちは不安だと思うけれど、
お子さんたちに不安になれなんて言わないであげてください。

卒業式なんてみんなで別れを惜しみあったり、
今までを区切ったりするための儀式にすぎなくて、
惜しんだり区切ったりするモノがなければ出る意味もないんだから。
(意味がある子には大事なものだけど)
posted by ヒギリ at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出―不登校・ひきこもり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

ひきとうた

ひきこもりのみなさんこんにちは。
ブルーな年末年始ですね。大丈夫ですか?
大丈夫ですよ。これを読んでいるってことは、
クリスマスを越えてきたんだから正月もやりすごせます。
会いたくない人には会わなくていいよ
年賀状の数が人の価値じゃないよ。
ていうか価値なんかなくても生きてていいよ。


5年くらい前に、ひきこもり支援をしている人の講演会に行ったとき、
その人は
「『ずっとひきこもっているとは意志が強いね』でもなんでもいいから、とにかく褒めろ」
ってなことを言っていました。

自己肯定感の高いひきこもりって多分いないから
(肯定してればたとえひきこもっても「出不精」や「家好き」であって
「ひきこもり」という問題は抱えない)
自分を肯定できるような言葉を投げるってのは大事だと思います。

でも、なんでもかんでも褒めればいいってもんじゃないです。

肯定されたことが伝わらないと意味がない。

それに必要なのは存在の肯定であって、今してることの肯定じゃないんです。

「怖くて外にでられない」ってのは全然意思じゃないです。
嫌で仕方がないのに、そこを褒められても
(しかも講演会で言われたからという理由でその言葉を吐いても
本気でそう思っていないことが伝わってしまうから)
厭味としか受け取れません。
少なくとも私は厭味だと感じます。
午前様に「お早いお帰りですこと」って言うようなもんです。
ソレ褒めてねえよ。

本人の感じている不安や恐怖を無視して大丈夫だよって言葉だけ言われても
なにが大丈夫なんだかわからんのです。

言ってる人(特に親)も本当は大丈夫だなんて思ってないでしょう。
あるいは本当に大丈夫かなんて考えてないでしょう。

本当に疲れきって動けなくなった人には休息が必要だけど、
それだって体だけ休んでも頭が休めないんじゃ意味がありません。
「休息(本人的には空白期間)」のせいで
不安がつのって動けなくなることだってあります。
だから非当事者には安易に大丈夫だとか休めとか言ってほしくないです。


ここで唐突にマイフェリバリットヒッキーソング☆

一日中毛布に包まって
世界から逃げる
傷つくことはなかったけど
心が腐ったよ

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『桜草


なんでひきこもっちゃダメかっていうと、
将来がないからでも社会に迷惑をかけるからでもなくて、苦しいからです。

将来どうなるかなんてみんなわからないし、
大抵の人はなんかしら迷惑かけてます。
でも心が腐ると苦しいんです。
苦しいなら変えればいいんだけど、腐ってるからできないんです。
だから支援が必要なんです。


(当事者宛)
でも待ってたって取り返しがつかなくなるまで
誰も気付いてくれないから、助けてっていったほうがいいよ。
ひとりで外にでるのは大変だからこそ、
自分で助けを求めなきゃズルズル長引いちゃうよ。
他人の善意を信じるべきだけど、善意の他人が表れる日なんか信じても無駄だよ。
助けてって言えばたまに誰か助けてくれるけど、
隠れてる人をわざわざ探してまで助けに来てくれる人はいないよ。

そこで涙をこぼしても 誰も気付かない 何も変わらない
少しでも そばに来れるかい? すぐに手を掴んでやる

BUMP OF CHICKEN『メロディーフラッグ


そんでひきこもり予備軍になったらホリデイ聞くんだ。

あと 2回 寝返りしたら 試しに起きてみよう
あと 3回 寝返りしたら 今度こそ起きてやろう

BUMP OF CHICKEN『ホリデイ




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2007年10月10日

誰だか判らない解りすぎる子

中学生くらいの子が大嫌いで、
「中学生」というカテゴリとして教育論やなんかで見るのは平気だけれど、
中学生のナントカさんという個人を見るのがすごく嫌。

小学生より知恵も力も付いてきて自分の考えを持ってはいるけれど、
まだ足りないから所詮受け売りだし
その受け売りさえうまくできない馬鹿さ加減とか、
まだ子供だからひとつの価値観しか認められないところとか、
それなのにそれなりにうまくごまかせちゃうところとか、
でも完璧にやれないところとか、恥ずかしくて見てられない。

んで、そういう恥ずかしい思春期を
受け止めてもらえない子たちは可哀想でしょうがない。
目を逸らしながら「信じろ」とか言ってんじゃねえよ、
できないなら最初から関わるなよ、
もっとちゃんと受け止めてやれよ!って、周囲の大人に腹が立つ。

思春期のまっただなかにいるくせに、
そんな格好悪いことしてられるかよとか言って
斜に構えて大人なふりしてる子をみればみっともなくてイライラする。
ちゃんと受け止めてもらって、自分でも受け止めて、
馬鹿なりに頑張ってるピチピチした子たちはねたましくなる。

要は自分がちゃんと思春期せずに息を潜めて
やりすごした振りをしてうやむやに終わらせちゃったから、
ちゃんと受け止めてあげる大人になれなくてイラつくだけなんだけど。
だいぶ時間と距離を置いたから、これでも随分耐えられるようになった。


だけどやっぱりアホな子みると馬鹿だなあとしか思えないから、
あんまり子供の書いたものは見ない。
絵だって音楽だって演劇だって、子供のつくったものは所詮経験に叶わないから、
キラキラしたセイシュンを微笑ましく思える人じゃなきゃ楽しめないはずで、
私はそういうのを可愛いと思ってあげられる余裕を持ってない。
なのになぜだか高校生のブログにたどりついて、うっかり読んでしまった。

したらまあ、なんだか自分を見ているような子で、
流されやすいくせに我が強いし安易なくせに不信のかたまりで
文章こだわりすぎだし社会不安障害だし自己否定激しいし
今バリバリ悩んでいるらしい進路まで自分とぴったり同じで、
おまけに悩み方まで同じだったものだから、なんかこう、ねえ。

見つけたのがもう少し前だったら、とてもじゃないけど読めなかった。
今はなんだかわからないけど思うところはある。
感情移入はするけれど、その子が自分じゃないってことも分かってる。
なぜか最初から嫌悪が無かったから、
浮かぶ感情をその子に対する嫌悪に摩り替えて見過ごすって選択肢は
意識にも無意識にも浮かばなかった。


ちゃんとした人になればよかった。
そうしたら、
あなたと同じ様にダメな子だったけど、ちゃんと大人になれたよ
って言ってあげられるのに。

全然知らない子だけど、幸せになって欲しいな。
posted by ヒギリ at 03:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出―不登校・ひきこもり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月24日

ハードルの上限はケース・バイ・ケース

以前、突発的に結構しんどくなった時に、
「あれもできない、これもできない、
 この程度のことすら普通にできない、
 それ以前にやろうとすら思えない」
という、聞いたほうからすりゃあどうしろって言うのさみたいな愚痴を吐き捨てたら、
「ハードルあげすぎじゃね?」と言われた。

その時の自分にしてみればハードルなんてむしろ下げすぎで、
「こんなゴムとびみたいな低さのハードルすら
 越えられないから困ってんだろ!」
と八つ当たってみたら、
「いやいやあなたからすると越えて当然という感覚なんだろうけど、
 実は今のあなたにとっては高いハードルなんじゃないの?」
と言われた。


自分にとってできて当然のことを褒められたって嬉しくない。
健康な人が二足歩行を褒められたり、
そろばん教室の先生が二桁の暗算を褒められたりしても、
バカにしてんのかと思うだろう。
少なくとも私はそう感じる。

歩けるのは当たり前。
外に出られるのも当たり前。
中学三年間をこもりぬいて高校に通い始めたころ、一番嫌だったのは
たかが学校に通うだけで「すごいね頑張ってるね」と褒められたこと。
みんなが当たり前にやっていることをしただけで褒められるのは、
私が劣っているからだ。
とまあそんな感じ。


で、最初の話。
他人にとってどうであれ、
今の自分にとっては高すぎるハードルなのかもしれない、
という言葉をようやく呑み下したら、少し楽になった。

世間一般から見て、ものすごく低い(だろう)ハードル、
たとえば電話をとるとか顔を洗うとか道を訊くとか腹筋一回とか
逆上がりとか服を買うとか歯医者に行くとか喋るとか人と目を合わせるとか
なんでもいいけど、その程度の「できて当たり前のこと」すら
できない自分ってものは到底受け容れがたい。

だけど、今の自分にとってはそれは全然当たり前なんかじゃなくて、
もしかすると歩くどころか息をすることにだって
精一杯の努力が必要な状態なのかもしれない。
てことは息してる自分て実は偉くねえ?

そう思ったら、自分が役立たずであることに変わりはないんだけれど、
ちょこっとくらい肯定してやってもいいような気がした。
ラベル:メンタル
posted by ヒギリ at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出―不登校・ひきこもり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

「やり直し」できるなんて

12歳のとき、人生終わったと思った。
たかが学校に行けなくなった。それだけのことで。
その時は「行かない」だと思っていたけれど、
今は「行けない」だったと思っている。
今の私なら絶対行くけど。その時の自分には仕方なかった。

小学校の高学年は休みがちで、最後のほうはほとんど行かなくて、
卒業式もサボった(親に泣かれた)。
中学校はほんの数回しか行かなかった。

義務教育すらろくにこなせない自分は高校も行けない(だろう)し
大学も行けない(だろう)し、
そんなら当然ろくな仕事にも就けないに決まっている(だろう)から
まともに生きていくなんてできない(だろう)。
もう無理だ。人生終わった、とそう思っていた。
たかが12年で。

順調に中高大と進み「みんな」と同じ年齢で卒業、
すかさず就職しなければまともに生きるなんてできないし
「まとも」以外の道なんてないし
一度コースから外れれば戻ることなんて不可能だと思った。

中学全部を休みつくして外に出た後も、
常にもう手遅れだと思いながら生きてきた。

それはもちろん私が無知で頭が固くて
極端に狭い世界に住んでいたからこその発想ではあるのだけれど、
子どもにそう思わせてしまう社会ってどうなんだろう。


現実だってかなり12歳の私の「思い込み」に近いけれど、
そうじゃない世界だってある。
そんなこと気づかなかった。
「ふつう」と違うことをして生きていけるのは、
強いか賢いか強運な人だけで、私はそのどれにもなれないと思った。


そう思ってしまったのは私の愚かさだけが原因でもないと思う。
やり直せるという情報が極端に少ない。

フリーターになったら正社員になれないよとか、
でかい会社は新卒か経験者しか雇ってくれないよとか、
正社員じゃなきゃ結婚もできないよとか、
だから最初からまともな道を歩みなさいとか、
そんな情報は幾らでも振ってくるけれど。
人生いつでもやり直せるよとかいう抽象的な言葉なら幾らでもあるけれど。


私は「まともになる予定」で生きていたからそうなった。
会社員と主婦と子ども(複数)とマイホームと学資保険のセットが標準仕様
(非行だの中退だの離婚だのなんて論外)だと思っていたから、
ドロップアウトに怯えた。

高学歴で一族みんな医者とかいう家庭で育てば
幼稚園受験の失敗だけで人生が終わったと思うのかもしれないし、
逆に知り合いはみんな中卒ヤンキーで
日雇いか生活保護世帯ばかりという家庭で育てば、
最初から「まとも」なホワイトカラー生活は
自分とは縁のないものと思うのかもしれない。
もちろん全てがそうではないけれど、生き方や生活設計は
うまれた環境やもらった希望に影響される。


「死ぬ気で頑張れば変えられる」って言ったって、
ニートだの不登校だの一部のフリーターだのは
大抵「頑張れない駄目な自分」というセルフイメージに
骨の髄まで侵されているんだから、
「頑張れないから自分は駄目だ」
「死ぬ気で頑張れるくらいならとっくにどうにかなっている」
「死ぬ気になれるくらいなら死ねる」と考える。
そんなこと言われたくらいでどうにかできる人は、
はなからこもらないし自力で外に出る。

多分、多くは「頑張る」に至るまでの段階ですで怯えている。
こんな自分がまともにやっていけるはずがないとか、
もういい年(ハタチやそこら)なのに何もできないとか。
そうやって怯えるうちに本当にいい年になってしまう。

「他人に迷惑をかけてはいけません」を内面化すればさらに完璧。

『こんな自分が外に出たら他人に迷惑をかけてしまう。
 だから完璧にちゃんとしよう。でもできない。外には出られない』


社会復帰しようとするひきこもりにとって、
恐ろしいのは履歴書の空白期間。
自分の無能さや経験のなさや対人スキルのなさもさることながら、
この真っ白な履歴書を提出するなんて無謀じゃないか?
聞かれたなんと答えればよいのか?
嘘をつくのは気が引けるが本当のことを話しては不採用だろう、
などなど。

対人恐怖や不安傾向の強い人にはまずそこが大きなハードルになる。
実際に出す前に出していいのかが不安になる。
この白さが恥ずかしい、みっともない、どう思われるのか
という自分の気持ちのハードルを乗り越えたところで、
実際にハネられる。ハネられたことで更に手遅れ感がつのる。


空白期間の長い人、不安の強い人、人と話せない人。
こんなの私だって雇いたくない。
だけどどこにも居場所がないから、ますます空白期間は長くなる。
空白期間が長くなれば、恐怖や思い込みはエスカレートする。

大事なのは今より過去。未来より今。
過去が駄目なら未来も駄目なはず。

そう評価されることが多いし、
評価される前に誰より自分がそう思ってしまう。
実績を見て可能性を評価するのは当然のことだけど、
それしかないと思わされてしまう。

「今までなにをしてきたの?」
「なにもしてません」
だからこれからしたいんです。
だけど自信がないんです。


再チャレンジなんていう口当たりのいい言葉を信じられない。
思い切りグレたあとに猛勉強して弁護士や教師になるような
「すごい人」は本やテレビの中にいても、
常人並みの努力で生き方を変えて生活している人が身近にいない。
それじゃあドロップアウトしても生きていけるとは思えない。
超人的な努力をしなければ抜け出せない、まともじゃなきゃ生きられない。
自分はそこまでできそうにない。
希望がないと動けない。
posted by ヒギリ at 05:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出―不登校・ひきこもり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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