2016年05月08日

『普通』化のための手術と本人の意思

多指症のニュース記事を読んだ。
多指症というのは文字通り生まれつき指が大抵の人より多い症状。
先進国では幼児のうちに『余計な指』を切り取るのが一般的らしい。
検索したけど『治療』しなきゃいけないもんなのかよくわからなかった。

結合してたり遊離してたりで機能的に不便だから。というならまだわかる。
人と違うといじめられやすいから物心つく前にってのも想像できる。
けど、ただ多いだけのものを本人の同意なしに切り取っていいものなのかわからない。

勝手に体を『正常 (にみえる状態)』に変えられてきたインターセックスの先例を連想する。
中身をみずにジェンダーを振り分けられる苦しさとは違うかもしれないけれど、当事者不在の決定は同じだ。
アシュリー事件(介護しやすいようにと障害児の成長をとめる手術が行われた)も同じ線上にある。
本人の意思のないところで、医療上の必然性のない身体加工が行われることには疑問を持たなくちゃいけない。
愛でも善意でも、間違うことはある。


男でも女でもない性・完全版―インターセックス(半陰陽)を生きる -


アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代 -
アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代 -
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2016年04月24日

災害のたびに思うこと

 私は、「ハーパーズ・バザー(Harper’s Bazaar)」誌の友人フランシス・マクファーデンと一緒にテーブルについて、第二次世界大戦の地獄から生き延びた人々が、本当に関心のあることはなんだろうかと頭をひねっていました。
「『ハーパーズ・バザー』のモード写真でないことは確かね」といって、フランシスは賢そうな額にしわを寄せました。
「あら、そうかしら」と、私は答えました。 「それだって考えられるわ。麻袋の布地で服を作るときの参考にするためじゃなくて、こういうものがまだあるんだということを証明するために。」p16

イェラ・レップマン『子どもの本は世界の架け橋』こぐま社


これは、イェラ・レップマンが、第二次世界大戦直後の祖国ドイツへ文化的支援に入ることになったときの言葉。
イェラ・レップマンはミュンヘン国際児童図書館(IJB)や国際児童図書評議会(IBBY)を創設した人。

日常とのつながりを示すとか、希望を伝えるために必要なものはたくさんある。
あたりまえの、普通のことをできる人は、あたりまえの、普通のことをし続ければいい。
当たり前の普通のことが永遠に失われたわけじゃないことを体現してみせるのは不謹慎なことじゃない。
でも本当は、そこにいる以外の人が想像であれはいるはずとかこんなのダメなはずとか勝手に決めつけるのが変な話なんだ。

子どもの本は世界の架け橋 -
子どもの本は世界の架け橋 -
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2015年08月25日

前提:みんな未完成

コミュニケーションのハウツー的なコラムを読んでいたらなんだか怖くなってきた。
こういうのが良い反応です、こういうのが悪い反応です、こういう風にしましょう。
自分の動き方がわからないときの参考にはなるけれど、これ全部覚えてこなすなんて無理だし、その通りに動いちゃったらそれはもう私じゃない。
あくまで参考であって鵜呑みにするものではないのはわかっているけれど、「正解」以外をすべて拒まれているような気がした。


最近、「わかってくれない人にわかってもらわなくてもいい」という言い方をする人が気になる。
その通りのときもあるけど、もうちょっとがんばろうよって時もある。
「こいつらにわかってもらおうと思わないし、なにを言われてもかまわない」っていうのは、わかりあえるか試してから言うべき言葉だ。

たしかに無理な相手はいる。そういう人に執着してもしかたない。
だけど軽くほのめかして期待通りの反応を得られなかったからといって、さっさと引いてしまったら誰ともわかりあえない。
わかんないやつに理解を求めるのは時間のむだだし、わかりたくない人に自分をおしつけてもしかたないし、争いを好まないのは貴いことなんだけど、相手にもチャンスをあげてほしい。

私はあまり回転がはやくないから、人と話をして家に帰ってから「あれはこういう意味だったのか!」とか「こう返せばよかった!」と気がついて転げまわることがよくある。
何年もたってからあのとき自分はひどかったなと思うこともあるし、今ならもっとうまく立ちまわれるのにと思うこともある。
頭で理解していても、のみこんで消化するまでには時間がかかる。
私と長くつきあってくれる人たちは、的外れでも失礼でも理解が遅くても失敗だらけでも、私を切り捨てないでいてくれた人たちだ。

相手も常に発展途上だから、今の知識では理解できないことや、今のスキルではうまく対応できないことが絶対にたくさんある。
だから、今この時点のこの問題に対するこの反応だけで切り捨てないで、過去の良い所や未来の可能性にも目を向けて欲しい。
コミュニケーションや信頼は、最初からうまくいくものよりも時間をかけてはぐくむもののほうがきっと多い。
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2015年05月04日

敬老記念日

憲法記念日なので護憲集会改憲集会がひらかれました。
というニュースの映像が両陣営老人会でびっくりした。
なんなのこの白髪頭の波は。

ニュースを見るまで「休日」としか認識してなかったし多分知ってても参加しなかったけど、
未来をきめることなのに若い人がいないってのはよろしくないなと思った。
posted by ヒギリ at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・気になること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

児孫の為に我田引水

ACのCMで、貧困国への寄付かなんかのがあった。
女性の声で、財産の一部を寄付してもいいかなと父に言われた(よい意味で驚いた)、とかってナレーションが入る。
いっぺん見ただけだから細かく覚えてないんだけど。
いただいたお手紙をもとに再現しましたとあった。

それを見て驚いた。
生きてる人が自分の財産の使い道について自立した子供の許可を得ようとするものとは思わなんた。
一緒にためた財産の使い道を配偶者と決めるならわかるけど子供にきくの?
同居の家屋とか共同経営の店とかじゃない、独立した資産で?

言っておいたほうがゴタゴタしないだろうけど承諾を得るようなことじゃない。
財産ってのはその人のもので、(扶養義務も含め)本人が使って、あまったら子供が優先的にもらえるんだと思ってた。
じじばばが教育資金や結婚費用を負担するよう求める税制改革とかもそうだけど、「親の物は子の物」って考えがあんまり強調されすぎなのはよくない。
そんなに囲い込まないで、おかねはもっと天下に回そうぜ。
いやこのCM自体は他人に残すのも素敵ねって言ってるんだけど。
posted by ヒギリ at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・気になること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月21日

「望む日本」を映す鏡

『ハリー・ポッターと賢者の石』の次に『NO!ヘイト』を読んだ。
ネットやテレビや本屋で花盛りの日本礼賛ネタは、のぞみを映す鏡みたいなもんなんだなと思った。

ハリー・ポッターの一巻に、見た者の望みを映す鏡が出てくる。
鏡の前に立つ者の目には、逢いたい人といる自分や、ほしいものを手に入れた自分の姿が映る。
それはあくまで「望む姿」であって、「確定した未来」や「真実の姿」ではない。
だけど「一番の望み」は一番つつかれたら弱いところでもあるから、なかなか目が離せない。

はっきりと見えるのに虚像でしかない鏡の中ばかりを見ていると、そのうちおかしくなってしまう。
この甘美な鏡と上手につきあうのはとても難しい。


外国人がこんなに日本をほめてるよ!とか、日本人はこんなに立派だ!とかの本やテレビ番組やコピペは、この鏡とおなじ、見る者が望む姿だ。
今の日本には、「すてきな日本」を望む人がたくさんいる。

でもそれは、意識的にせよ無意識にせよ選びとった情報であって、「みんなが共有する真実」ではない。
真実が含まれていることもあるけれど、別の真実を抱えている人もいる。
そもそも自分にとって重要なテーマが他の人にとっても重要だとは限らない。


甘美な「望みの姿」は視野を狭くする。
それでなくたって視野に入るものより入らないものの方が多い。
見えない部分の広さを知らず、自分に見える部分だけが真実だと思い込むことはあやうい。

望みの鏡に映るものは前に立つ人によって違う。
だから、鏡に真実が映ると思い込んだ人同士は話が通じない。
鏡に映ったごくごく小さな世界は、外の人には通用しない。

観測範囲の限界を確認し続けることが、望みの鏡にとらわれないための方策なんだと思う。
そのためには自分とは違う現実の人とかかわるのが一番てっとりばやい。

ハリー・ポッターと賢者の石 (1) -
ハリー・ポッターと賢者の石 (1) - NOヘイト!  出版の製造者責任を考える -
NOヘイト! 出版の製造者責任を考える -
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2014年12月12日

選挙報道

赤旗が共産党すばらしい!って言ってても特になにも思わないというかまあそうだろうなと思う。
読売があからさまに自民推ししてるのを見るとイラつく。
赤旗は広報誌で、読売はいちおう報道機関だから。
テレビショッピングで商品を絶賛するのはありだけど、みえみえのステルスマーケティングには不信を抱く、みたいな話。
まがりなりにも報道であるはずの新聞社がせっせと与党に媚びているのはいただけない。

報道ってのは事実に根差すのが基本なのに、読売新聞は選挙期間になるとしょっちゅうしょっちゅう世論調査(自社調べ)を一面にのせて「みんなこうおもってるよ!」「じみんゆうせいだよ!」と主張してる。
それでいてすみっこに「中立を保持するため選挙期間中はうんぬん」と注意書きしてあるから余計に腹が立つ。
それでも新聞社にカラーがあるのはまだいい。
保守系の新聞社は保守を称えるし、リベラル系の新聞社はリベラルを応援する。
それはむしろ健全なことだ。自由に報道できる国では。
もっとも、首相のお考えだと自民を称えない報道はみんな偏向でそんな報道は慎むべきらしいから、セルフ検閲しちゃう報道機関が増えているようだけど。

NHKが不在者投票のニュースでさりげなく自民支持の声「だけ」を伝えてたのは絶望した。
私は何年か前までずっと、「民放はスポンサーとの兼ね合いがあるけれど、公共放送は視聴率や圧力に屈さず伝えるべきことを伝えられる」っていうのを信じてたんだ。
公共放送の金主はお国ではなく視聴者のはずだ。
でもよく考えたら独裁国家の公共放送は独裁者に都合のいいことしか言わない。
報道の自由がおびやかされている国では公共放送が広報メディアになりさがる。
萩生田光一がだしたマスコミへの報道自粛要請なんかを見ていると、今が何時代なのかわからなくなる。

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