2008年07月15日

善意に食い殺される

ひっそりと、日本ブログ村というブログポータルサイトに登録していたりする。
ランキングとかいろいろ機能があるやつ(実はよく知らない)。

その中で比較的よく使っているのが
トラックバックコミュニティ(トラコミュ)という機能。
「このテーマについて書いたらトラックバックしてちょ」というコーナー。
トラコミュは、このテーマで語りたい!と思った利用者がたてられる。
私もアセクシャルのを管理している(のでひとつよろしく)。
アセクシャル・カモーン


そんでまあ、利用者が好きに作れるので、
同じようなテーマのものが複数あることがある。
同じキーワードでも内容が違うことはあるからそれはいいんだけど。

私は概ね「セクシュアリティ」「教育」「ニュース」関連の
トラコミュを利用している。

「不登校」関連とか。

不登校つっても
「現役不登校の子が集まる場」
「子どもの不登校に悩む親が集まる場」
「不登校問題に取り組んでいる支援者からの提言」
「不登校問題について話し合いたい大人の集まる場」などなど
書いてある内容も読んで欲しい相手も違う。
だからコミュニティを使い分ける。はず。なんだけど。

どこを見ても教育問題について語りたい人(支援者含む)が出張っていて、
あまりにその数が多いものだから肝心の当事者が淘汰されている。

大人は、子どものコミュニティをのっとっちゃいけない。
親が語る場も支援者が語る場も非当事者が語る場も大事だけど、
一番大事な子どもたち(当事者)を通り越して大人ばかりが語っている。
善意の声はでかいから、当事者の声がかき消される。
それでも大人(親)ならまだいい。
力の無い子どもたちはすっかり消えてしまった。


この人たちはいったい誰に向かって話をしているんだろう。
社会に向けて?親に向けて?学校に向けて?
少なくとも私が見た限りでは、
その子たちに向けた話じゃないものがほとんどだ。

子ども向けじゃない意見を書くこと・宣伝すること自体は構わない。
社会や親や学校に向けて語ることも必要だから。
だけどそれは語りたい相手に向かって語るべきことだ。

「不登校仲間あつまれ!」のような
不登校の子が不登校の子との交流をはかるための場所まで奪ってはいけない。

「学校いけません。死にたいです」
「こんなクズは自分だけだよね。人生おわった。お先真っ暗」
などと思っている子供に、
不登校は社会のひずみがどーたらいう意見を語ってもなんの救いにもならない。

それぞれのグループ同士の対話は必要だけど、
守らなきゃいけない領分もある。
当事者同士の交流の場は、非当事者が力を持ってはいけない領域だ。
(ピアカウンセリングの場でファシリテーターをつとめるカウンセラーが
「指導者」になってはいけないように)


似たようなことは別の場所でも見かける。
ネットじゃなくても教育じゃなくても。
マイノリティの当事者とマジョリティの非当事者ってこういうの多い。
うっかりすると自分もやってるから余計に嫌になる。

「その問題に興味のある非当事者」が
本で調べた知識や学校で習った理念を当事者にとうとうと述べる。
立場の弱い当事者はそうですねと聴いてあげるしかない。
ウザいからって善意の人を敵に回せるほど資源に恵まれていないから。

問題を抱えて困っている当事者は、
善意の人が片手間で調べた程度の知識など
教えていただくまでもなくとっくに知っている。
切実に知識を必要としている人が必死で調べた情報に、
趣味の人の薀蓄がかなうはずがない。
(そもそもその手の薀蓄は具体的に役立つ情報ではなく
往々にして現実を無視した理想論や精神論だったりする)

当事者は世間に流布されている理念だって知っている。
親類や友人やご近所さんや赤の他人からしょっちゅう聞かされてる。
「恥じることじゃない」とか「あなたは悪くない」とか。
(でも迷惑はかけないで。でもこっちにはこないで。とか)
必死でそれにしがみつくなり、信じようとするなり諦めるなり、
頭でわかっていてもそれを信じさせてくれない規範と闘うなりしている。


そういう当事者の置かれた状況や、当事者の声すら聞くことなく
自分の主張を(なぜか当事者に向かって)がなりたてる善意の人に
心底うんざりする。

ちょっと待て、お前の善意はわかったから、
お前の思想を主張するまえに
お前が救おうとしている相手を踏み潰していないか確認しろ。
そんで、主張は当事者じゃなくて
問題を共有しようとしない他者に向かってやれ。
当事者であれば問題意識を共有している可能性が高いからって
(啓発の手間をかけずとも話を聞いてもらえるからって)
自分の意見を演説しようとするな。
お前なんかを構って持ち上げてあげるほどこっちには余裕が無い。
構ってちゃんに構われるほど鬱陶しいこともない。


サイト内関連リンク
聞きたいならまず「聴け」
他人が問題を語ること

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2008年06月08日

多数派の原因/少数派であること

Aセクやマジョリティを名乗るとか名乗らないとかいう話の続き。
「Aセク」は誰のものか
少数派の訴えと仲間サイズ(あるいは名乗り)


ついでに言うと「健常者」って言葉が苦手だ。
自分が名乗れないから。
名乗れないというより名乗るのが気恥ずかしい。

私は手帳を持っていないし病気もないし、
定義としては「健常者」なんだけど、
堂々と健常を名乗るほど「すこやか」にふさわしいとは思えない。
なんか「健常」の文字って体育会系っぽくない?

「病気?そういえば半年前に風邪をひいたような・・・。
病院?駅前のアレは内科だったか眼科だったか…。
常備薬?疲れ目用の目薬がその辺に転がっていたはず」

というレベルで健康だけど、
健康的な生活習慣やカラダは持ってない。
(健康体なのに健康的じゃないって変な話だ)

「健常」には精神状態や身体能力や、
下手をすると性格までも含めて丸ごと瑕疵がないって
イメージを持ってしまっているから、
それを名乗るのはおこがましいっつうかね。

「健常者」という言葉では、
何ができて何ができないのかサッパリわからない。

ただ「普通」とか「正常」とか「欠陥がない」って意味に聞こえる。
アイデンティティは不良品☆の自分には、
とてもじゃないけど言えやしないよ。

だけど自分が不都合のないカラダとアタマ(性格は不都合だが)を
もっているのは事実だから、
いわゆる「健常」であることを自覚すべきときもある。
そんなときは、状況に応じて「聴者」や「晴眼者」や「定型発達」を使う。
「見えない」や「聞こえない」の対になるのは
「見える」や「聞こえる」であって「完全」や「普通」ではないから。


使える/使えない部分が限定された名前なら、
この機能に関しては使える/使えないよって意味で名乗れる。


自分がマイノリティのとき、
たとえばアセクシャルのときには、あまり細かい説明をしたくない。
「こういう理由でアセクシャルなので、恋愛しなくても認めてください」
なんて言いたくないから。

自分がマジョリティのとき、
たとえば「健常者」のときには、
どの辺が「健常」なのかを細かく言っておきたい。
「どこがって言われても困るけど私は変じゃない(あなたと違って)」
なんて言いたくないから。

無自覚に「ふつう」に取り込まれたくないし
無自覚に「ふつう」を振りかざしたくない。



サイト内関連リンク
「Aセク」は誰のものか
少数派の訴えと仲間サイズ(あるいは名乗り)

『アンチ・ヘテロセクシズム』平野広朗
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2008年05月12日

私が知っているのは私が知っていることだけ

僕にだって十四歳のときはあった。 けれど、そんなの、ただそれだけの話だ。 僕は今、十四歳ではない。 そっちのほうがはるかに重大なのだ。

本多孝好『ALONE TOGETHER』双葉社


前世紀に読んだ漫画の中に

(学校の廊下を女子が走ってくる)
「ヤマダくーん!これ、家庭科の調理実習で作ったの」
(ほほを赤らめ上目遣いでカップケーキを差し出す)
「良かったら、食べて?」


みたいなシーンがありました。
なにを読んだか忘れたけどまあよくある感じで。
んで、それを見た私は、
「なーんでこの人たち同じクラスなのにケーキのやりとりしてんだろ」
と思いました。


今世紀の初めくらいに読んだ漫画にも同じようなシーンがありました。

(教室でしゃべっている男子を女子がつかまえる)
「タナカくーん!これ(以下略)」


それを見た私は、
「なんでこいつら同じクラスなのにケーキのやりとりしてんだ?
“女子”と“男子”だから?ケッ」

と思いました。


で、最近みた漫画にも似たようなシーンがありました。

(下駄箱から靴を取り出そうとしている男子を女子が呼び止めて)
「スズキくーん!(以下略)」


でも男子の反応が違いましたってか女子も上目遣いじゃなかったな。

スズキ「え?俺も作ったし。食ったし」


そう、それ!
(ちなみに女子は失敗作を押し付けたかったらしい)
同じクラスなんだから一緒に調理実習したに決まってんじゃん。

カップルが交換したり一緒に食べたり、
趣味はお菓子作り☆の子が自発的にあげるぜイェーと頑張って
自宅で作って持ってくるならともかく、
授業で作っただけの「作品」をしかも同じ授業を受けてるやつに渡すかー?
大したことない工程もバレてんのに?
(材料まぜます型にいれますオーブンにいれてタイマーセット)

それ美術の置物や国語のポエムを渡すくらい勇気いるよ。
もしくは余った備品を譲るくらいに軽い気分だよ。
夢見てんじゃねえよ。


と思って





あぁ!!!


気がついた。
もしかして描いた人の価値観(というか経験)だと、
男子は家庭科やらないのか!


そんでケーキってなんか甘くてふわふわして女の子っぽいよね☆
(女の子らしく料理が得意なのもいいけど
不器用な子が一所懸命なのも可愛いよね指に絆創膏とか)
というドリームを維持できてるのか!

作ったことがあればカップケーキごときに夢は見られないです。
レシピどおりにやれば焼きすぎor生焼け以外の失敗なんてするほうが難しいもの。
すごくおいしく美しく作るとなるとそれはそれで難しいですが。


そっかー、ジェンダーがどうのって以前に
ジェネレーションギャップがあるのか。

いや当たり前なんだけど、全然気づかなかったのですごい発見をした気分。

そりゃ近しい人の中に現役学生がいるとか、
教育に興味があるのでもない限り、
今の子たちの置かれている環境と
自分がその歳だった頃に置かれていた環境の違いなんてわからない
ですね。
知ろうとしたって本当のところはわからないんだから。

プロの創作の場合は
「今の学校を舞台にするなら今の学校を調べて描けよ」と
思わぬでもないけれど、
そういうリアリティを求めるタイプの作品ばかりじゃないし。



いきなり感想が飛ぶのだけれど
自分が今の子じゃないってことを忘れちゃいかんよなってことを思いました。
わかった上で自分の経験に基づいた意見を言うのはいいけれど、
うっかりすると自分が言いたいだけの文句を、
今の子のための提言にすりかえて「弱者の代弁者」をやろうとしてしまう。

自分に語れるのは自分の話だけってことを常に自覚しないと
自分が正しいと思い込みそうです。

「今の子」とか「教育」だけの話じゃなくて。



本多 孝好
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2008年03月07日

手負いと手負いと手を繋ぐ

たとえば私の身長が2メートルを超えていたとして。

平均身長165cm圏内で生活している人が、
長身だというだけの理由で
「私」を嫌ったり好いたり蔑んだり褒め称えたりすることがあれば、
私は「身長を聞いただけで私を知った気になるな」と主張する。
たったひとつの特徴だけですべてを判断されるいわれはない。

ただ、170cm以上の人をテレビの中でしか見たことがない145cmの人が
「私」を見てひるむのも致し方ないとは思う。
知らないものを警戒するのは自然だ。

ただ、見慣れないからどうすればいいかわからないというのと、
見慣れないから嫌悪する・排除するというのは違う。

見慣れなくても慣れればいいし、
慣れるための教材としての「私(身長2m超)」が足りなくても、
こういう人がいると教えることはできる。

君たちと同じ服は着られないんだとか、
電車に乗るときにはドアをくぐらなきゃいけないんだとか、
本棚の最上段の本をとるときに踏み台が必要ないとか、
そんな「違う部分」と「同じ部分」を教えることは出来る。
教えておかなきゃいけないと思う。

そして「私(身長2m超)」も
身長145cmの人は電車のつり革に手が届かないんだとか、
身長2m超の人とは歩幅も視線の高さも違うのだと学んだほうがいい。
ここまでの部分に迷いはない。


でもそれとは別に、
身長2m超の誰かにとても酷い目に合わされた身長145cmの誰かが、
「身長2m超なんて極悪人だ」と言っていたら、
どうしていいか、迷う。

その人の主張は正確じゃない。
「私」はその人を傷つけた誰かじゃない。
「私」は多分極悪人じゃないし、
極悪人だとしてもその理由は「身長2m超だから」ではなく別のところにある。

身長2m超の極悪人や聖人もいるかもしれないけれど、
大抵の身長2m超はそこそこ善人かそれなりに悪人で、
そうなった理由は多分身長じゃない。(関係しているとしても)

「身長2m超=極悪人」という主張は「正しくない」。
論理的にも、倫理的にも。

だけど、傷つけられてそう思い込んでしまった
(あるいはそう思わなくてはやっていけない)人に向かって
「その主張は正しくない」と主張することは、
多分「ただしくない」。


一番苦しかったり辛かったりするときは、
自分に優しくしてやるのも難しい。
それが正しいかどうかは別として、
誰かを悪人にしてでも辛さを逸らさなきゃやってられないときってのはある。
そういう状態にある人に向かって
「他人の心情をおもんぱかれ」なんて言うのはとても酷いことだ。

てか意味ないし。
「私(身長2m超)」に言われて納得できるもんでもないだろうし。


だけど、「傷ついているから」「かわいそうだから」という理由で
その状態を放置するのもきっと「ただしくない」。
傷つけられたその人が、
傷つけた誰かと同じ特徴をもつ「私」を嫌うのは仕方ないとしても、
傷つけられたその人がふりまく偏見(を信じ込んだ部外者)によって
「私」や他の身長2m超が傷つけられるのは、どう考えたって理不尽だ。

受け入れなくていいし、
「私」が理不尽な主張を受け入れることによって
他の身長2m超にも受容を強いることになる可能性を考えると、
受け入れるわけにはいかないとも思う。
けど、傷ついている人を批判して自分を守るのも後味が悪くて嫌だ。

そうなったときにできることって、
「私はあなたを傷つけた人ではない」とか
「私はあなたを害さない」ってことを、
「私」を見せることによって、
ゆっくり信じてもらうくらいしかないのかな。
大事なひとりやふたりに対してなら、そんな努力もできるけど。


とりあえず関係ないのにしゃしゃりでてきて
加害者(及びそれに似た人)を、
詳しい理由も知らずに叩く奴が邪魔だ。

posted by ヒギリ at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 差論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

能書きはいいから「嫌い」って言えよ

ネットニュースをみていたら、すんごい面白い記事がありました。
「最近の」まゆを整える男たちに苦言を呈したい人の共感得られそうな話。
なんかね、もう、あまりのろんりてきてんかいに
ヘソが茶を沸かす…じゃないや噴飯モノ…えーと、なんて言えばいいんだ?
うまい褒め言葉を思いつかないけれど、そんな感じで大爆笑。

『<特集ワイド>言いたい! まゆ毛を整える男たち』

 ちょっと前まで、おじさん、おばさんたちの多くは、まゆ毛をそった男を不良と思っていた。でも、今どきは違うようだ。テレビに映る駅伝、野球、サッカーで目立つのは、まゆ毛を整えた若い男たちだ。確かに、かっこいいけれど……。【坂巻士朗】

毎日jp  2008年3月3日(月)15:05
(以下引用同じ)


で、ふたりのせんもんか?の話が載ってます。
関係ないけど、「ちょっと前まで、おじさん、おばさんたちの多くは」
ジーンズをはく女子は反社会的だとか、
喫茶店にいく高校生は不良だとか思っていたらしいですね。

 ◇あきれるよ、プレーがすべてだ−−豊田泰光さん(野球評論家)

タイトルからしてすでに笑かす。
プレーがすべてなら眉毛で評価するなよ。

 スポーツ選手は、自分の体を大事にしなくちゃならない。けがをしたら、結果が出せないからだ。ボクシングを見てみなよ。目の周りを傷つけている人が多いだろ。どんなに鍛えても強くできない場所なんだ。野球だって、ボールが顔に当たることは珍しくない。まゆ毛がクッションになる場合もあるだろうから、できるだけそのままにした方がいいはずだ。

どんな剛毛!?

いやあ私も眉毛の量と強度には自信があるほうだけど、傲慢でした。
私ごときの眉毛じゃ、とても目までは守れないわ。
いや本当プロってすごい。尊敬するわ。
ていうか眉毛ですらクッションになるのなら、
ふっさふさの髪の毛があればメットもいらないんじゃないかなあ。


試合には万全の体調で臨んで、グラウンドで全力を出すように心がけていた。試合前に、まゆをそるなんて発想はなかった。腹が立つというよりあきれるよ。
 最近の若い選手たちは、清潔感がないよな。昔は「ひげは毎日そりなさい」って言われたもんだ。帽子の下から髪の毛が出ていただけで「だらしない」と注意された。選手に必要なマナーだと思うよ。(略)まゆ毛を整えるというのは、本人はかっこいいと思っているんだろうけれど、おれには不潔に見えるだけだ。


え?ひげは顔を守るためのクッションにならないの!?


みんなほっぺを守るためにはやしているんだよきっと!
もしくは「試合前にひげをそるなんていう発想がないくらい
グラウンドで全力を出すように心がけて」いるんだよきっと!

いやあ自分の無知がおそろしいです。
知らないことっていろいろあるなあ。

ひげ=汚いからそるべし。
眉毛=クッションになるからできるかぎりそのままで。

同じ顔毛なのにねえ。

んで、ひげそるヒマはあるけど眉そるヒマはないのが昔の人なんだねえ。
へえ。ほう。ふうん。勉強になるわー。
「手を入れると不潔に見える」って斬新な発想だ。


そんでまあ長いので省略しますが
「今の時代は女が強いし、男たちも女性化したのかもしれない」
「個室が多くなったのも影響しているのかな(略)そうすると、関心があるのは自分のことになる。部屋で鏡を見て、眉毛をいじろうという気になるのかもしれない」

などなどスバラシキお言葉がたくさん書いてあります。

んで「おれたちが現役の頃は」なんかイロイロ良かったらしいです(適当)
たとえば

(引用者注:自分が)西鉄のころは、エラーをしたやつと味方が怒鳴りあったもんだ。ファンが期待するのは、そんな闘争心や荒々しさじゃないのか。整ったまゆ毛なんかじゃない。試合終了の時にユニホームが土で汚れた選手たちを、おれは見たいよ。


怒鳴り合いでも眉毛でもなく「面白い試合」がみたいんだと思います。

そっかー。
私は野球に全然興味ないんでよくわからんですが、
ふぁんのひとはそういうのを見たいんだね。
全然ふぁんじゃない自分としてはいい大人が乱闘している姿を見るにつけ
「スポーツマンシップってナニ?ここ国会?」とか思ってうんざりするけれど、
そうかそうかふぁんのひとはそういうのを見たいんだね。

…そういうのが見たい人は格闘技みればいんじゃね?


で、お次はひょうろんかのひとほどかっ飛ばしてないけれど、
なかなか面白いかうんせらぁのお人。
いつの時代にもおしゃれな男性はいたよ、金持ちとか平和な時代にね。
という普通の(適当な)意見からスタート。

 ◇「きれいな自分」目指している−−松本聡子さん(カウンセラー)

きれいな女性は、条件のいい男性から選ばれやすいというメリットがある。逆に男性が「きれい」を求めるものではない、という暗黙の了解があった時代もある。最近では、男性も女性もお互いに相手を選ぶ時代。男性も女性から選ばれるためにきれいなほうがいい。「美人」を目指しているわけです。
 女性がおしゃれをする時には、男性から好かれるためだけじゃなくて、同性からの目線も気にする。さらに「きれいな自分でいないと満足できない」という意識があると言われています。最近の男性も、その傾向があるんじゃないでしょうか。女性に良く見せたいだけじゃなくて、会社の同僚や仲間からも評価されたい、加えて「自分自身が納得いかない」という意識が強くなっている気がします。


わーお!びっくりー。
てっきり昔の「こうは」な男は、選ばれるために
『「きれい」を求めるものではない、という暗黙の了解』に
従っていたんだと思ッテタヨ!

評価する人が女性の(父)親や上司(男)や仲間(男)だとしても。

そんで女性の評価や自分の美学を優先する人が
お洒落さんなんだと思ってたよ!
モボとか伊達男はさ!いやそれも重要なのは仲間内の評価か。
まあどの道、人目を気にするのは古式ゆかしき日本人の傾向だよな。

 今は皆が「自分らしさ」を求める時代。だから、自分とは何か、ということに関心が向きやすい。また、大切にされ過ぎて「身のほど」を思い知らされる場面が減ると、幼稚な万能感が残ってしまうことがある。そういった若者の気質も関係しているかもしれないですね。


みんなが「自分らしさ」を求めるから
自分も「自分らしさ」を求めるんだね。
みんなから外れるのは怖いものね。
みんなとおんなじ「自分らしさ」を持ってないとね。

あれ自分らしさってなあに?それおいしいの?

それにしてもすごいな!細眉は万能感を求めての結果らしいよ!
高校球児の細すぎる眉なんかは
思春期の覚えたてのお洒落ゆえの加減できなかった失敗だと思ってたけど、
大事にされすぎた結果らしいよ!

てかさ、失敗する経験(たとえば眉を細くしすぎること)を
テメエで(しかもバカにすることによって)奪おうとしているその口で
「経験がないから幼稚な万能感が残ってしまう」なんてよく言えるよね。


若者はデリケートなんです。
かっこ悪いとか幼稚とか言われたら、すくんじゃうんです。
笑われる前に止めちゃう子がいっぱいいるんです。

大人なら、しかもカウンセラーなら、
安心して失敗できるように見守ってやれよ。


 知らないと遅れているという空気です。合わない行動をするといじめられちゃう、なんてこともある。必然的に、ある程度は最先端のおしゃれな人に合わせて生きていかなければ、と感じているのかもしれない。おしゃれをしないことが、KY(空気を読めない)につながるのだとしたら、嫌な雰囲気ですね。


そうねー。
「合わない行動をするといじめられちゃう」なんてこともあるよねー。
昔で言うと「男のくせに眉をいじると不良と思われる」とかー?
おしゃれをすることがKYにつながるなんて、

昔って嫌な雰囲気よねー。

じゃなかった、イマドキって恐ろしいわー。


以上、クソ面白かった。もしくはゲロ面白かった。
いいなー。こんなんでいいなら私もひょうろんかになりたい。

別にさあ、理屈こねて正当化しようとすることないんだよ。
嫌いならただ嫌いだとか好みじゃないって言えばいいじゃん。


好む好まないは自由だから。
お前らに好まれなくたって構わないし、
私はお前らが嫌いだけど、
お前らがそれを好むという事実までは否定しないから。


とうじょうじんぶつしょうかい。
 ◇とよだ・やすみつ
 1935年、茨城県生まれ。水戸商から西鉄に入団し新人王に。国鉄でも活躍。引退後は辛口評論を続ける「球界のご意見番」。06年に野球殿堂入り。

 ◇まつもと・さとこ
 1976年、北海道生まれ。東大特任研究員。NTT病院心理士。東工大での講義が人気を集める。著書に「あなたは人にどう見られているか」(文春新書)。




蛇足。
どっちかってーと、前の人より後の人の方が不快だった。

てのは内容云々じゃなくて、肩書きのせいだ。
最初の人の経歴と生年を見れば、
そんなマッチョ脳(体育会系版ゲーム脳)に
侵されているであろうご老体に期待なんぞ端からしない。
いや偏見なんだろうけどさ、そう思うじゃん。
てか予想以上にアホ臭かったからいっそ笑えた。

でも後の人はお年寄りじゃないし
心理系の人だし女性だしってとこで期待してしまった。
まあ私が「心理に興味もつってことはメンヘラーの素養あるんじゃね?」だの
「男よりは差別的じゃない可能性が高いんじゃね?」だのといった
偏見を過剰に持っているだけなんだけど。
あとは研究者の倫理に対する期待だとか。

うーん。立場や属性だけじゃ人は計れないよってことは
頭で理解しているつもりなんだけど、
「マイノリティはマイノリティを理解してくれる幻想」のようなものを、
なかなか捨てられない。

「セクシャルマイノリティを蔑視する障害者」や
「障害者をバカにする被差別部落出身者」や
「外国人を差別するセクマイ」もいっぱいいるけど、
「差別される痛み」ってとこから説明しないとわからない(だろう)
「我こそは完全に健常だと自認しているマジョリティ」よりは
マシなんじゃないかと思っちゃうんだよなあ…。


あれ?なんか話ズレた。


サイト内関連リンク
「生理的」とか言う前に頭で考えろ
posted by ヒギリ at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 差論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

強い人にはなれそうにもない揺れてる君でいいよ

私信。
といいつつ、実は伝えたい相手がこれを見るかはわかりません。
だけど、私を知らない人でも、私が知らない人でも、
これを読んで自分宛かもしれないと思ったなら、
この文章はあなた宛です。
あなたみたいな子に伝えたい言葉だから。



今頃はまさに頑張っている最中だと思うので、
あなたの姿が見えないこと自体は心配していません。
ただ、そのくらいの季節は、
特に問題が無い人でさえ大きなプレッシャーを感じる時なので、
その年齢特有のもの以外にも辛さを抱えているあなたが
元気かどうかは少し心配です。

悩む理由なんていくらでもあって、
それらすべてに対処することは難しいです。
折り合いを付けるまでにはたくさん考えなくてはいけないし、
しんどいし、悩みます。へこむときもあります。

だけど、それらをなかったことにせず、
折り合いをつけようとしているあなたが、私はとても好きです。
今はそうやって、折り合いを付けるために悩む時期なのだと思います。


あなたの進路は詳しく知りませんが、
義務を過ぎて(義務もどきの全日制高校もすぎて)通う学校は、
多分人生の中で一番自由です。
ユルいという表現でもいいですが。
一番多様性が認められる場所です。
(大人になってからはうまくすればそういう場を作ることもできます)

世の中には赤と青しかないように見えるけれど、実際には紫の人もいる。
と、言われたところで、
緑やオレンジや、名前をみつけられない複雑な色合いのあなたには
救いにならないかもしれません。
だけど、名前がないから探しにくいだけで、
あなたと同じようにどちらともとれる色合いの人は実はたくさんいるんです。
本人達も気づかなかったり隠したり、
むりに赤や青やオレンジを名乗っているだけです。
中々自分に似た人には会わないかもしれませんが、
あなたが中途半端なわけではありません。

きちんと自分と向き合えば、迷うのは当然です。
「典型例」にすべて当てはまる人なんてとても少ないです。
妥協すれば自分を当てはめることはできなくもないですが、
その違和感を無視しないで大丈夫。
典型からズレた部分があなたです。
自分じゃない色の名前を名乗らなくても生きられるよ。


あなたを理解しない人はきっといます。
それと同じくらい、話してみたら理解に至る人もいます。
最初は違っても、年齢を経た数年後に
思いがけず共感を得られることもあります。

あなたは間違っていません。
あなたは他の人とは違うし、他の人と私は違う。
あなたと私も違います。
だから、それぞれ違う作法で生きるしかないんです。

あなたに「みんなと同じ生き方をしろ」と無理を強いる人があるならば、
それはその人が間違っている。
社会があなたに無理を強いるなら、間違っているのは社会のほうです。


すべてと戦う必要はありません。
要らない人は放っておいていい。
「関わりの薄い人にまで理解を求めない」のは賢い選択です。
でも、大丈夫な場所を探すことは、どうか諦めないでください。
息ができる場所がひとつでもあると、とても楽になります。

100%の理解は無理でも、
敵意をもたない程度の理解を示す人は案外いるものです。
助けてくれる人も意外といます。

だからどうか、ひとりだけで抱え込まないでください。
辛くなったら助けを求めてください。
世界にあるのは怖いことばかりではありません。

あなたと直接言葉をかわしたことはないし、
あなたに大きな影響を与えるような近しい場所にはいないけれど、
少なくとも私は、あなたの存在を否定することは絶対にしないから。
あなたを肯定する人が皆無ではないということを忘れないでください。


十代の君に言えることは
「大丈夫、時間は過ぎてゆく。」
人生の意味など探すより
最高の笑顔でいて欲しい
そろそろ眠るよ…それじゃ返事まってる

及川光博『ペンフレンド』



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2008年02月14日

優生思想ナルキッソス

うげろヤなモンみちまった。
「いでんとかあるとこわいので、そうゆうひとはきょせいしたほおがいいとおもいます」
とか言ってる馬鹿をうっかり見かけてしまった。


こういう優生思想っぽいものを見るたびに思うんだけど、
なんでこいつら、その手の根拠の無い優生思想を無邪気に信じて
堂々と主張できる程度のアタマの持ち主たる自分を去勢しようと思わないの?
優生思想を主張するなら貫けや。スジ通せ。

自然淘汰ってのは「優れたものが生き残る」わけじゃなくて、
たまたまその環境に合った奴が生き残ったってだけの話じゃん。
「自然」がやるべき仕事を自分でやろうなんざ思い上がりもはなはだしい。
いろんな種類の奴がいるから、
環境が変わっても種として生き残る率があがるんだろうに。
「自然じゃないもの」が自然に生まれてくるわけないっつの。


よく間違われがちですが、
ペシミスト(つーか世を拗ねた自分嫌いさん)はこういうこと言いません。
自分嫌いさんは「誰か」じゃなくて「みんな」死ねばいいと思っているから。

「へへっ どうせ人間なんてみんな害虫なんだよ!
環境問題だって人類が絶滅すれば解決すんだろ!
みんな死ねばいいんだ!アハハハハハハハハハハハハハ」
とか思ってるから、
優れたあの人は残して劣ったあいつは断種すべしとか言わない。
人類みな平等。全部ゴミ。

んで、正しい自己愛(自己肯定感)を持っている人も、
他人がどうであれ自分が生きていていいと思っているし、
自分や自分の大切な人を害さない限り
他人の人生に干渉しようとは思わないから、優れた人だけ(略)とは言いません。

じゃあこういうことを言う人はどんなかっていうと…わかんないや。
どういうアタマしてんだろ。
やっぱこの程度の思考しかできない害虫は抹殺したほうがいいよ。
あ、コレが優生思想か。
なるほど、嫌いな奴との共生を考えるより「殺しちまえ」って言うほうが楽だ。
実際殺しに行く義務が生じるわけじゃなし、らっくちーん♪
(問題はなにも解決してないけどな!)
posted by ヒギリ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 差論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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