「あれもできない、これもできない、
この程度のことすら普通にできない、
それ以前にやろうとすら思えない」
という、聞いたほうからすりゃあどうしろって言うのさみたいな愚痴を吐き捨てたら、
「ハードルあげすぎじゃね?」と言われた。
その時の自分にしてみればハードルなんてむしろ下げすぎで、
「こんなゴムとびみたいな低さのハードルすら
越えられないから困ってんだろ!」
と八つ当たってみたら、
「いやいやあなたからすると越えて当然という感覚なんだろうけど、
実は今のあなたにとっては高いハードルなんじゃないの?」
と言われた。
自分にとってできて当然のことを褒められたって嬉しくない。
健康な人が二足歩行を褒められたり、
そろばん教室の先生が二桁の暗算を褒められたりしても、
バカにしてんのかと思うだろう。
少なくとも私はそう感じる。
歩けるのは当たり前。
外に出られるのも当たり前。
中学三年間をこもりぬいて高校に通い始めたころ、一番嫌だったのは
たかが学校に通うだけで「すごいね頑張ってるね」と褒められたこと。
みんなが当たり前にやっていることをしただけで褒められるのは、
私が劣っているからだ。
とまあそんな感じ。
で、最初の話。
他人にとってどうであれ、
今の自分にとっては高すぎるハードルなのかもしれない、
という言葉をようやく呑み下したら、少し楽になった。
世間一般から見て、ものすごく低い(だろう)ハードル、
たとえば電話をとるとか顔を洗うとか道を訊くとか腹筋一回とか
逆上がりとか服を買うとか歯医者に行くとか喋るとか人と目を合わせるとか
なんでもいいけど、その程度の「できて当たり前のこと」すら
できない自分ってものは到底受け容れがたい。
だけど、今の自分にとってはそれは全然当たり前なんかじゃなくて、
もしかすると歩くどころか息をすることにだって
精一杯の努力が必要な状態なのかもしれない。
てことは息してる自分て実は偉くねえ?
そう思ったら、自分が役立たずであることに変わりはないんだけれど、
ちょこっとくらい肯定してやってもいいような気がした。
ラベル:メンタル



