2008年07月23日

「親はみんなを愛している」ハァ?

生徒が事件を起こしたり巻き込まれたりすると、
「全校集会でせんせいが『いのちを大切にね☆』とかなんとか
でんこちゃんみたいなことを言いました」
というニュースが流れるもんだけど、
そういう訓示にいったいどれだけの意味があるのかって考えると
大概は無意味だろうと思う。
が、無意味ならまだしも、これは有害だ。

「親はみんなを愛している」=長女通う中学で終業式−埼玉・川口

 埼玉県川口市の自宅で男性会社員(46)が殺害された事件で、逮捕された中学3年の長女(15)が通う中学校の終業式が22日行われた。式では校長が事件経過を説明するとともに、「親はみんなが思っている以上に、みんなを愛している」と家族関係の重要性を訴えた。

 校長らによると、生徒の動揺などを考慮し、4時間目に予定されていた終業式を急きょ1時間目に変更。生徒全員が校長の話を神妙な面持ちで聞いていたという。中には涙ぐむ生徒もいた。

 学校側によると、同日朝には長女の母親から校長に「お騒がせして申し訳ない」と電話があった。事件原因について母親は「本当に分からない」と涙声で話したという。 

時事通信社  2008年7月22日(火)13:31



さーいーてーいー。

田舎のムラの分校で校長は子ども全員の顔と名前と性格どころか
親の馴れ初めや子供時代の遊び友達まで熟知してるんだぜ!
とかいうならともかく、
どの子がどんな性格でどんな家庭で育って
どんなことをどんな風に受け止めるかなんて
校長は(担任だって)知らないでしょう。
ていうか多分、顔と名前も一致しないでしょう。
個々の事情をわかった上で、
「反抗する子ども」に「その子の親」の気持ちを伝えるとか
「自分の経験」を伝えるとかいうならまだしも、
知らないことをなんで断言できるの?


「普通に」愛されている子もいるだろうけど、
愛されてない子もいるだろうし、
適切じゃない愛され方をしている子や
愛されていることが伝わっていない子
(あるいは伝わるような愛しかたをできない親)も絶対にいる。

そんで、「愛している」と「大事にしている」は必ずしも一致しないし、
「愛している・大事にしている」と
「適度な愛情を与えられている・大事に扱われている」は同じじゃない。

そういうことをなにひとつ考えないで、
「親は子どもを愛しているに決まっている」という思い込みを押し付けられたら、
実際に愛されていない・愛されていると感じられない子どもはどうすればいい?


だいたい中学生なんて日本では自分だけで生きていける年齢じゃないんだから、
親(保護者)より圧倒的に立場が弱い。
そんな弱い側の子どもに家族関係の重要性なんか説いても仕方ない。
子どもは親を変えられない。
子どもが家族関係をうまく保とうと思ったら、
親を変えたり関係を改善したりするのではなく
現状に合わせて自分を変えたり殺したりするしかない。
そういうことをしなきゃいけない環境にある子は、
言われるまでもなくとっくに我慢してる。
そういう子どもにも、「愛ならしょうがない」なんて言うつもりなのか。


母性愛幻想の残酷さは、子どもを愛せない(と感じている)母を縛り罰すると同時に、母から愛されなかったと思うしかないひとたちの存在根拠を奪ってしまう点だ。母から愛されない=自己否定という公式にどれほど多くの子どもたちが苦しんできただろう。

信田さよ子『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』春秋社


そりゃ子どもは大事にされるべきだし、
親的存在に愛されて育って欲しいと思うけれど、
「べき」と実際は違う。

「親はいつだって子どもを愛しているし、子どものためなら命だって投げ出す」
「腹が立つときもあるけれど子どもは可愛い」
「理不尽に思えても、親が子どもを叱るのは子どもの将来を思ってのこと」
などと刷り込まれたら、愛されたり大事にされたりしていない子どもは
「自分の家は異常なんだ→そんなことは隠さなくてはいけない」とか
「本能で子どもを愛するはずの親にすら好かれない自分は最低の人間なんだ」
と思うしかなくなる。

校長は、親は子どもを愛するものだと思っているのかもしれないし、
信じたいのかもしれないけれど、現実にはそうじゃない親子もいる。
世の中には色んな人がいるし、学校には色んな子どもがいる。
家族の環境も関係も気質も構成も違うのが当たり前だ。

「そうじゃない子」を抑え込んで「普通」に見せかけることじゃなくて
そうじゃなくても生きていけると信じさせてあげるとか
そうじゃなくても助けはあるから大丈夫と言ってあげるとか
そういうことのほうが、ずっとずっと重要なのに。


なんかこういう、自分の知っている環境や自分の信じていることが
唯一無二の真実だと思っている人って反吐が出る。

「イキモノはすべて異性に恋をしてつがいになって生殖する」とか
「(自分の)子どもは健康に生まれてくる」とか
「若者は活力があって希望を持っている」とか
「ケンカをしても言葉がなくても家族だったら分かり合える」とか
「耳は聞こえるのが当たり前」「PCは使えるのが当たり前」とか
「一日くらい寝なくても働ける」とか
「できないのは努力が足りないからだ」とか
「これさえやれば幸せになれる」とか
「こんな風に生まれたら必ず不幸になる」とか。

ウチはウチ、ヨソはヨソ。
自分に有効だった処方が他人にも有効だとは限らない。
自分の常識が別の場所では非常識になるなんていくらでもあることだ。
「べき」が現実のすべてじゃないことを理解していない、
あるいは理解しようとしない無神経な「健全さ」が腹立たしい。



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2008年07月15日

善意に食い殺される

ひっそりと、日本ブログ村というブログポータルサイトに登録していたりする。
ランキングとかいろいろ機能があるやつ(実はよく知らない)。

その中で比較的よく使っているのが
トラックバックコミュニティ(トラコミュ)という機能。
「このテーマについて書いたらトラックバックしてちょ」というコーナー。
トラコミュは、このテーマで語りたい!と思った利用者がたてられる。
私もアセクシャルのを管理している(のでひとつよろしく)。
アセクシャル・カモーン


そんでまあ、利用者が好きに作れるので、
同じようなテーマのものが複数あることがある。
同じキーワードでも内容が違うことはあるからそれはいいんだけど。

私は概ね「セクシュアリティ」「教育」「ニュース」関連の
トラコミュを利用している。

「不登校」関連とか。

不登校つっても
「現役不登校の子が集まる場」
「子どもの不登校に悩む親が集まる場」
「不登校問題に取り組んでいる支援者からの提言」
「不登校問題について話し合いたい大人の集まる場」などなど
書いてある内容も読んで欲しい相手も違う。
だからコミュニティを使い分ける。はず。なんだけど。

どこを見ても教育問題について語りたい人(支援者含む)が出張っていて、
あまりにその数が多いものだから肝心の当事者が淘汰されている。

大人は、子どものコミュニティをのっとっちゃいけない。
親が語る場も支援者が語る場も非当事者が語る場も大事だけど、
一番大事な子どもたち(当事者)を通り越して大人ばかりが語っている。
善意の声はでかいから、当事者の声がかき消される。
それでも大人(親)ならまだいい。
力の無い子どもたちはすっかり消えてしまった。


この人たちはいったい誰に向かって話をしているんだろう。
社会に向けて?親に向けて?学校に向けて?
少なくとも私が見た限りでは、
その子たちに向けた話じゃないものがほとんどだ。

子ども向けじゃない意見を書くこと・宣伝すること自体は構わない。
社会や親や学校に向けて語ることも必要だから。
だけどそれは語りたい相手に向かって語るべきことだ。

「不登校仲間あつまれ!」のような
不登校の子が不登校の子との交流をはかるための場所まで奪ってはいけない。

「学校いけません。死にたいです」
「こんなクズは自分だけだよね。人生おわった。お先真っ暗」
などと思っている子供に、
不登校は社会のひずみがどーたらいう意見を語ってもなんの救いにもならない。

それぞれのグループ同士の対話は必要だけど、
守らなきゃいけない領分もある。
当事者同士の交流の場は、非当事者が力を持ってはいけない領域だ。
(ピアカウンセリングの場でファシリテーターをつとめるカウンセラーが
「指導者」になってはいけないように)


似たようなことは別の場所でも見かける。
ネットじゃなくても教育じゃなくても。
マイノリティの当事者とマジョリティの非当事者ってこういうの多い。
うっかりすると自分もやってるから余計に嫌になる。

「その問題に興味のある非当事者」が
本で調べた知識や学校で習った理念を当事者にとうとうと述べる。
立場の弱い当事者はそうですねと聴いてあげるしかない。
ウザいからって善意の人を敵に回せるほど資源に恵まれていないから。

問題を抱えて困っている当事者は、
善意の人が片手間で調べた程度の知識など
教えていただくまでもなくとっくに知っている。
切実に知識を必要としている人が必死で調べた情報に、
趣味の人の薀蓄がかなうはずがない。
(そもそもその手の薀蓄は具体的に役立つ情報ではなく
往々にして現実を無視した理想論や精神論だったりする)

当事者は世間に流布されている理念だって知っている。
親類や友人やご近所さんや赤の他人からしょっちゅう聞かされてる。
「恥じることじゃない」とか「あなたは悪くない」とか。
(でも迷惑はかけないで。でもこっちにはこないで。とか)
必死でそれにしがみつくなり、信じようとするなり諦めるなり、
頭でわかっていてもそれを信じさせてくれない規範と闘うなりしている。


そういう当事者の置かれた状況や、当事者の声すら聞くことなく
自分の主張を(なぜか当事者に向かって)がなりたてる善意の人に
心底うんざりする。

ちょっと待て、お前の善意はわかったから、
お前の思想を主張するまえに
お前が救おうとしている相手を踏み潰していないか確認しろ。
そんで、主張は当事者じゃなくて
問題を共有しようとしない他者に向かってやれ。
当事者であれば問題意識を共有している可能性が高いからって
(啓発の手間をかけずとも話を聞いてもらえるからって)
自分の意見を演説しようとするな。
お前なんかを構って持ち上げてあげるほどこっちには余裕が無い。
構ってちゃんに構われるほど鬱陶しいこともない。


サイト内関連リンク
聞きたいならまず「聴け」
他人が問題を語ること
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2008年06月29日

未だ子供の知り合いなどいない(私には)

しばらく前に新聞の人生相談コーナーで、小学生からの投稿を見た。
内容は忘れたけれど、自分が子どもだってことをきちんとわかっていて、
抱えている問題は子供である自分が口を出すことではない、とか、
子供である自分にできることはあまりないってことも理解していて、
だけどやっぱりどうにかしたいから助言が欲しいってな聡明な相談だった。

それに対する回答。
「信頼できる大人に話しましょう」

身も蓋もない…
そりゃ身近な大人にどうにかしてもらうしかないことはあるけどさ、
信頼(相談)できる大人がいる子はそもそも新聞なんかに相談しないよ。


なりたい大人「周りにいない」=中高生の5割が回答−青少年機構

 なりたい大人が周囲にいないと考えている中高生は約5割に上ることが、独立行政法人国立青少年教育振興機構が公表した2006年度調査で分かった。また、高校2年生の7割は将来仕事に就く条件に「正社員」を挙げ、安定的な雇用への意識の高さがうかがえる。

 調査は昨年1、2月に実施。小学校の4年生以上と中学、高校それぞれの2年生合わせて約1万8500人から回答を得た。

 この中で、なりたい職業が「ある」と答えた子供は、小5が82%、中2、高2はともに69%。一方、周りに「あの人のようになりたい」と思う大人がいるかとの質問に「いない」と答えた割合は、小5で33%だったが、中2で49%、高2で51%に達した。 

時事通信社  2008年6月29日(日)17:30


……え、普通じゃね?
ていうかむしろ「いる」の子が半数も居ることにびっくりした。
ていうか親(友人の親及び親類含む)と教員以外の大人を
見たことがある子ってどのくらいいるの?
店員以外の働く人を見たことがある子ってどのくらいいるの?
知らないものは良いも悪いも評価できない。
それでなくても反抗期だってのに。

テレビやニュースから知ることができる「社会」なんて、
「派遣は買い叩かれるぞ」「正社員じゃなきゃ結婚もできないぞ」
「スタート時点で躓いたら人生終わり」「フリーターの末路はみじめ」
のような強迫的な情報ばかりなんだから
「正社員か公務員にならなければ」と思うのは当然でしょう。
※「なりたい」ではなく「ならねば」。


大人と子どもって、ちゃんと話し合うほど知り合ってない。
挨拶や雑談や会話があるとしても。
ちゃんと話を聞いたり話したりしている大人もいるけれど、
機会や時間がない人や、一方通行の話しかしない大人のほうがそりゃ多い。
「夢」だの「信頼」だの「希望」だのを知る機会を与えないくせに、
そういうものを持たない子どもを責める人を見ると腹立たしい。
子どもに期待しすぎ。
この記事はそういう論調ではないけれども。
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2008年06月21日

ひどいことしちゃダメ☆(戦争以外)

さっきかいた愛の無恥条例と似てる。

性的暴行が「戦争の手段」に=紛争当事者に停止要求−安保理

 【ニューヨーク19日時事】国連安保理は19日、武力紛争の当事者に性的暴行を停止するよう求める決議案を全会一致で採択した。決議は、女性への性的暴行が「戦争の手段」になっているとの認識を示し、安保理が制裁を発動する際は、レイプなどに関与した集団に対する措置も検討すると表明した。

 決議を採択した会合で議長を務めたライス米国務長官は、「安保理は紛争地での性的暴行が安全保障上の懸念であると承認した」と強調した。 

時事通信社 2008年6月20日(金)12:31


戦争やめればいいじゃん。

レイプするななんて言ったって無理だよ。
支配の手段だもの。
ていうか言うだけでやめるくらいなら戦争だって止められる。

戦争(ひとごろし)の極限心理
→兵士の俺、死ぬかも。マジ怖ぇ…
→ち、違うってば!怖くなんかないんだからねっ!
→レイプとかしてみる
→ホラやっぱ俺つよい!ちゃんと俺の言うこと聞いてるじゃん!
→俺ただしい!俺サイコー!殺すぜおーいぇー!

みたいな解釈をどっかで読んだような気がするんだけど
どこだっけかな……。


殴られた痛みや恐怖をどこにも表現できなければ
もっと弱いところに自分がされたのと同じ形(暴力)で表現するし
強さが価値の場所で強さを確認するには
弱い奴を虐げるのが一番手っ取り早い。
(怒りや暴力が自分に向かう人もいる)

だからそんな状況に追い込まないとか
暴力と言う表現方法を教えないとか
それ以外の(できれば言語での)表現を教えるとか
そういうことをしなきゃいけないのに。

戦争だから敵(ひとじゃないよムシケラだよ)を殺せ
でも残酷なことしちゃダメダメ☆
ってどんなダブルバインド?

ていうかレイプっていついかなるときも
安全保障上の懸念のような気がするんだけど多分気のせいだね。
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愛よ勇気よ希望よ今こそミラクルパワーをちょうだい

ホーリーアップ☆

東国原知事「愛のムチ条例できないか」…報道陣に

 宮崎県の東国原英夫知事は18日、学校教育の場や地域での子どもとの接し方について、「『愛のムチ条例』や、『愛げんこつ条例』ができないか。検討に値するかもしれない」と発言した。

(略)

 「殴っても罰せられない条例ということか」と報道陣が確認すると、「愛をもって、愛のムチであるという範囲内で、宮崎県で条例化できないかと思う」と答えた。

YOMIURI ONLINE  2008年6月18日(水)20:37


「昔は良かった。子供がたくさんいたから子供同士の殴り合いの中で力加減を学べたし、いたずらをすれば近所のオヤジがげんこつをもらった。自分もそうやって育った」

てなことをいうおっさんがよくいるけれど、
「そうやって育った」その人がその結果立派に育ったかと言えば
はなはだ疑問に感じるのはなぜだろう。

殴られて育ったけど立派な人ってのはたくさんいるけれど
「俺殴られて育ったぜ!(だから体罰は正しい)」と
誇らしげに言うやつは大抵ろくでもない。

子供を死なせるほどの虐待をする親のほとんどは
自分の暴力を「しつけ」だと思っているらしいけど、
どこまでが「愛」でどこまでが「暴力」かってのは誰が判断するの?

愛だの希望だの美しいだの
人によって定義が違う抽象的な言葉を
具体的な政治に使うなんてどうかしてる。
げんこつの前に言葉を学べ。

ところで殴り合いをしたり拳骨をくらったりするのって女子ふくむ?
ていうか子供って女児ふくむ?
posted by ヒギリ at 01:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・気になること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

present from you

本日はBUMPのアルバム発売日。
生まれて初めて発売日にCDを買って浮かれ放題です。
なーんでもないひーばんざーい♪

シングルのカップリング集なので実はほとんど知っている曲なんだけど
それでもやっぱ良いなあ。

BUMPはシングルはシングルで独立した作品として扱いたいので
カップリングをアルバムに収録しないと言っていたのです。
だけど名曲ぞろいなので普段は借りない/買わないシングルを探し回っていました。

ずっと言っていたことを撤回したことに賛否両論あるようですが
そういう反応が予想できる中でなおその選択をするってところがすごく好きです。

これから聞き倒します。




↑画像がないわけじゃなくて限りなく純白に近いホワイトなジャケットなのです。
タグ:音楽
posted by ヒギリ at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月17日

絶対的な自信を持って正義のために粛々と削除

 鳩山法相は17日、幼女4人連続誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)ら3人の死刑を執行したと発表した。宮崎死刑囚の裁判は刑事責任能力が争われ、約16年に及んだが、執行は確定から約2年4カ月後だった。鳩山法相は「慎重に検討した結果、絶対に誤りがないと自信を持って執行できる人を選んだ。正義の実現のためには粛々とやるのが正しいと信じている」と述べた。鳩山法相による死刑執行は昨年12月以降4回目で計13人。

幼女連続殺害の宮崎死刑囚刑執行 「自信持って」と鳩山法相
KYODO NEWS  2008年6月17日(火)13:42



楽しそうだな畜生。
自信を持ってやることじゃないよ。
散々迷ってそれでも必要だと思ったときに悩みながらやることだよ。
前の発言のときも思ったけど、この人たちはどうも
「わるいやつをデリートするための根拠」として
悲惨な事件を消費しているように見えるのがとても不快。


 町村信孝官房長官は17日午後の記者会見で、連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚の刑が執行されたことについて「(犯罪は)誠に許されざる行為ということで、死刑判決が出た」と理解を示した。また、死刑執行が相次いでいる現状に関しては「近年凶悪な犯罪が多い。死刑判決が増えてきたことへの1つの対応の姿なのかと思う。いずれにしても法に基づいて法務大臣が適正に判断した結果だ」と語った。 

死刑執行「適正な判断」=町村官房長官
時事通信社 2008年6月17日(火)18:31


「近年凶悪な犯罪が多い。死刑判決が増えてきたことへの1つの対応の姿なのかと思う。」
の意味が何度読んでもわからない。
死刑判決が増えてきたことに対応して凶悪な犯罪が増えたってこと?
ダメじゃん。

うん、いや、凶悪犯罪が増えたから死刑も増えたんだぜ!って言いたいんだろうけど。
増えたの?とか(今回はやたら早かったけど)
そろそろ執行かもな死刑囚って大抵は何十年か前の罪の裁判が
十年くらい前に終わった人たちのような気がするんだけど
じゃあ凶悪犯罪が増えたのっていつ頃のことを言ってるの?とかねえ。
いろいろわからないよ。


(引用者注:宮崎死刑囚と何度も面会し、数百通の手紙をやりとりしてきた月刊「創」の編集長、篠田博之さんのコメント。)
 宮崎死刑囚からの手紙は、食べたものや聞いたラジオなど近況報告がほとんどだった。最後に面会したのは07年3月。「以前から幼児を殺害した理由として『祖父をよみがえらせるためだった』と話していたが、一貫して変わらなかった。自分が犯した罪と死刑確定という状況をどこまで理解していたか疑問だ」
 宮崎死刑囚は幻聴がひどくなっていた。篠田さんに「えたいのしれない人間が襲いに来る」と訴えたという。「絞首刑は残酷だから別の方法に変えるべきだ」と言うこともあった。
 宮崎死刑囚は最後まで事件への反省や遺族への謝罪の気持ちを表さなかった。篠田さんは「罪を償わせるという死刑本来の機能が不全になっている。ただ、宮崎勤という人間を抹殺したにすぎない」と指摘する。

最後まで謝罪なく 宮崎死刑囚「次は自分の番」asahi.com 2008年6月17日17時0分


とても賛成。殺すだけじゃ(社会にとっては)ほとんど意味がない。
posted by ヒギリ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・気になること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

殺人?勝手に死んだだけです。

殺人トマト? 米で食中毒騒動、マックなど使用自粛
asahi.com 2008年6月11日(水)19:28


普通に食中毒の話なんだけどね。
このタイトルはいかがなものか。
てっきり一瞬こういうのかと
posted by ヒギリ at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月10日

ひどいやつらはみなごろし

ここぞとばかりに。

法相「命奪う人にはそれなりのものを」 秋葉原事件受け
 鳩山法相は9日、東京都内であったパーティーでのあいさつで「私が粛々と死刑を執行させていただいていることを『司法的殺人』と書くマスコミもある。それは違う、人の命を大切に思えばこそだ」と述べた。そのうえで東京・秋葉原の無差別殺傷事件にふれ、「昨日も大事件があったが、人の命を奪うような人にはそれなりのものを負ってもらおう。それは日本人として当然の考え方だと思う」と、死刑制度の必要性を訴えた。

2008年6月9日(月)21:09


しゅくしゅく 0 【粛粛】
(1)しずかなさま。ひっそりとしているさま。
(2)おごそかなさま。

三省堂提供「大辞林 第二版」より


ひっそり……こっそり?

まだ裁判も始まってない事件を死刑前提で言っちゃうってどうなの?
多分死刑だろとかそういうのは別として立場的にどうなの?

人の命を奪うような人にはそれなりのものを負ってもらおうってのは賛成だけど、
「なにを」とか「どうやって」とか「その結果」が見えない。
死にたい人を死刑にしても、
それは「救い」にしかならないんじゃないのかな。
(アキバの人がどうだかは知らないけど)


「死刑」について。
なんかもう最近自分の意見がわからなくなっていて、
「殺された人」を、あるいは「死刑を受ける人」を中心に考えると
賛成も反対も言い切れないので保留中。

ただ、「死刑を執行する人」を中心に考えるとどうしても嫌だよなあと思う。
人を死なせなきゃいけないって言うのは、
人を殺さない人にとって(仕事とはいえ)しんどいはずで、
「死刑を受ける人」が死んで当然のやつなら
そんなやつのために「執行する人」が苦しむのは嫌だ。
「死刑を受ける人」が更生していたり同情すべき点があったり
冤罪の可能性があったりしたら執行するのは
特に現場の人にとってはすごく苦しいだろうと思う。
そんな過酷な仕事はあってほしくない。

苦しむかどうかは個人差がある
(人を殺せる人がいるから死刑制度があるんだし)
けれど苦しまない人に執行してほしくない。
判決を出す人にしろ直接立ち会う人にしろサインをする人にしろ
「人の命を奪うこと」の重みを感じていてくれないと怖い。

「人の命を大切に思えばこそ」
苦しまないでほしいけど苦しんでほしい。


事後報告だけでいつのまにかサクサク執行されちゃうと怖いんだよな。
この人の言葉はなんだか軽い。
posted by ヒギリ at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・気になること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月08日

多数派の原因/少数派であること

Aセクやマジョリティを名乗るとか名乗らないとかいう話の続き。
「Aセク」は誰のものか
少数派の訴えと仲間サイズ(あるいは名乗り)


ついでに言うと「健常者」って言葉が苦手だ。
自分が名乗れないから。
名乗れないというより名乗るのが気恥ずかしい。

私は手帳を持っていないし病気もないし、
定義としては「健常者」なんだけど、
堂々と健常を名乗るほど「すこやか」にふさわしいとは思えない。
なんか「健常」の文字って体育会系っぽくない?

「病気?そういえば半年前に風邪をひいたような・・・。
病院?駅前のアレは内科だったか眼科だったか…。
常備薬?疲れ目用の目薬がその辺に転がっていたはず」

というレベルで健康だけど、
健康的な生活習慣やカラダは持ってない。
(健康体なのに健康的じゃないって変な話だ)

「健常」には精神状態や身体能力や、
下手をすると性格までも含めて丸ごと瑕疵がないって
イメージを持ってしまっているから、
それを名乗るのはおこがましいっつうかね。

「健常者」という言葉では、
何ができて何ができないのかサッパリわからない。

ただ「普通」とか「正常」とか「欠陥がない」って意味に聞こえる。
アイデンティティは不良品☆の自分には、
とてもじゃないけど言えやしないよ。

だけど自分が不都合のないカラダとアタマ(性格は不都合だが)を
もっているのは事実だから、
いわゆる「健常」であることを自覚すべきときもある。
そんなときは、状況に応じて「聴者」や「晴眼者」や「定型発達」を使う。
「見えない」や「聞こえない」の対になるのは
「見える」や「聞こえる」であって「完全」や「普通」ではないから。


使える/使えない部分が限定された名前なら、
この機能に関しては使える/使えないよって意味で名乗れる。


自分がマイノリティのとき、
たとえばアセクシャルのときには、あまり細かい説明をしたくない。
「こういう理由でアセクシャルなので、恋愛しなくても認めてください」
なんて言いたくないから。

自分がマジョリティのとき、
たとえば「健常者」のときには、
どの辺が「健常」なのかを細かく言っておきたい。
「どこがって言われても困るけど私は変じゃない(あなたと違って)」
なんて言いたくないから。

無自覚に「ふつう」に取り込まれたくないし
無自覚に「ふつう」を振りかざしたくない。



サイト内関連リンク
「Aセク」は誰のものか
少数派の訴えと仲間サイズ(あるいは名乗り)

『アンチ・ヘテロセクシズム』平野広朗
posted by ヒギリ at 16:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 差論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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